• 学校法人愛知学院
  • 愛知学院大学
  • 愛知学院大学短期大学部
  • 愛知学院大学 歯科技工専門学校
  • 愛知学院大学歯学部附属病院
  • 愛知高等学校
  • 愛知中学校

愛知学院卒業生、学生、生徒による わたしの“ZEN力”

愛知学院大学
経済学部経済学科 2018年卒業株式会社スペモン代表 /
Japan Parkour League 創設者
木本 登史Takafumi Kimoto
木本 登史 Takafumi Kimoto

誰も作っていないなら、自分で作ればいい ──
パルクールで日本を変える挑戦

Q.いまあなたが全力で取り組んでいることはなんですか?

パルクールの環境づくりです。
具体的には、パルクールの練習施設「パルクールパーク」を全国に展開すること、パルクールのパフォーマンスを世の中に広げること、そして今年(2026年)3月に立ち上げた「Japan Parkour League(ジャパンパルクールリーグ) supported by ルーセント歯科・矯正歯科」の運営。この3つを柱に、パルクールの会社「株式会社スペモン」を運営しています。
現在、名古屋・岐阜・東京板橋にパルクールパークを展開し、間もなく岡崎にも新たな施設をオープン予定。器具製作や大会運営まで自社で完結し、選手が食べていけるプロの環境を整え、パルクールの可能性を最大化することに全力を注いでいます。

Q.パルクールに挑戦したきっかけはなんですか?

高校2年生(17歳)のとき、友人から「すごく面白い遊びがあるから今度行こうよ」と誘われたのがきっかけです。
待ち合わせの公園に行ったら、その友人は急用で来れなくなったのですが…そこでたまたまフランスから来ていた外国人2人組に出会い、身振り手振りでパルクールを教えてもらいました。パルクール経験15年以上のベテランで、目の前で見た動きに「人間ってこんなことができるんだ」と衝撃を受け、翌日から毎日やるようになりました。
大学入学後も続け、人気アーティストのコンサートツアーでパルクールパフォーマーとして帯同やパルクール留学の経験を経て、次第に「パルクールを日本に根付かせたい」という思いが芽生えていきました。

Q.パルクールの活動において目標はありますか?

「パルクールで笑顔になる人を増やす」これが一番の目標です。
単に広めるだけではなく、受け皿をしっかり作ることが大切だと考えています。習える場所(パルクールパーク)を「一つの市に一つ」整備し、選手が食べていける環境を作り、企業研修や教育現場などでもパルクールの魅力を活かしていきたい。
僕たちが創設した「ジャパンパルクールリーグ(JPL)」は、スピード・スキル・フリースタイルの3種目で戦う3対3の団体戦という、世界初のフォーマット。選手・ファン・主催者・企業が対話しながら皆で作り上げる大会で、将来は「日本のパルクール大会といえばJPL」と言われる存在にしていくのが目標です。

先人がいない分だけ難しいですが、パルクールには「怪我さえしなければ失敗じゃない」という考え方があります。イベントとして、大怪我しない範囲で挑戦し、そこから肉付けしていく。その精神で挑戦し続けています。

Q.パルクールとの出会いはその後の人生においてどのような影響がありましたか?

パルクールが教えてくれたのは、「怪我さえしなければ、失敗を恐れずに挑戦してみる」という姿勢です。施設を作るときも最初はノコギリ1本で男10人を集めて始めましたし、リーグ立ち上げも映像・ライブ配信・コース設営まで全部自分たちでやっています。ビジネスの経験がゼロでも、パルクールの「失敗の練習から始める」精神が背中を押してくれました。
また、世界大会「チェイスタグ」に日本代表として出場した際、かつて自分にパルクールを教えてくれたフランス人と再会し、しかも初戦でぶつかるという展開がありました。完敗しましたが(笑)

Q.ご自身の挑戦において、愛知学院大学の学習環境や支援体制が役立っていると感じていた点はありますか。

最も助けてもらったのは、文部科学省の奨学金制度「トビタテ!留学JAPAN」を使ったデンマーク留学です。
チラシを見つけたのが締め切り2日前という状況でしたが、愛知学院大学の国際交流センター・社会連携センター・スポーツ振興室など複数の部署が連携して、「どうすれば僕の挑戦を実現できるか」を一緒に考えてくれました。職員の皆様には、パルクールが何かという説明から始まったにも関わらず、熱意を受け止めて手続きを進めてくれたことに、今でも心から感謝しています。
デンマークにはパルクールの専門学校があり、そこで半年間学べたことは、その後の施設づくりやリーグ創設に直結する経験になりました。返済不要の奨学金で実現できたことも大きかったです。
卒業後も、社会連携センターの方が人を繋いでくれたり、今回のようにインタビューの機会を与えてくれたりと、継続的にサポートしていただいています。「大学に行っていて良かった」と感じる瞬間は、実はこういった卒業後のつながりにこそあると思っています。

Q.愛知学院大学にいてよかったことについて教えて下さい。

一言で言えば、「タイミングと縁に恵まれた場所」です。在学中にパルクールの練習場所に近い名城公園キャンパスの開設に巡り会えたこと、「トビタテ!留学JAPAN」との出会い…。どれも愛知学院に在籍していたからこそのタイミングでした。
在学中はアーティストのツアー帯同などの仕事があり、自分なりに学業との両立をしていましたが、大学に行ける日も限られます。それでも単位を取れる柔軟さがありました。きっかけを与えてくれ、夢を応援してくれ、人と繋いでくれる場所として、愛知学院大学は自分の人生に確かな影響を与えてくれました。